在学生の声

在学生の声

医学という学問の先にある
患者さんの存在を忘れないで学んでください


平成30年度 医学科6年 吉村 晃政さん

医学を志したきっかけを教えてください。

 僕が医学部を受験しようと思ったのは、高校2年生の終わりから3年生の始めくらいでした。
 中学校の頃から化学が好きで、将来は好きなことをしたい、と化学の研究者になるため理学部や工学部への進学を考えていました。ただ、化学の研究が社会に役立っている具体的なイメージが持てず、その点で迷いがありました。そんな中、京都大学の山中伸弥教授がiPS細胞に関する研究でノーベル賞を受賞され、日本はもちろん、海外でも大きなニュースになっているのを目の当たりにして、「研究するなら、より人の役に立つものを研究したい。純粋に物質の変化を追う化学だけでなく、身近な複雑系である生体を研究するのも分かっていないことが多そうで面白いだろう。」と、生命科学の研究者を目指して医学部を受験することにしました。「巨人の肩の上に立つ」という言葉があるように、今は全ての基礎研究は、人類の進歩に貢献するものだと理解しているのですが、当時は社会貢献のイメージが持ちやすかった生命科学の研究者に惹かれました。 
 

受験勉強は大変でしたか。

 一言で言ってしまうと、大変でした。医学部に狙いを定めたのも遅かったですし、当時九州大学医学部医学科の受験には理科3科目が必要でしたが、高校のカリキュラムでは理科は2科目選択で、僕は既に物理と化学を選択していたので、3科目目となる生物は選択できませんでした。理系でありながら数学で点が伸びないという致命的な弱点もありました。
 僕の通っていた高校は、先生方が授業の進捗を大切にしながらも、個人の理解度に目を配ってフォローアップを行ってくれ、「学校の環境を使えば塾に通う必要はない」と仰るくらい指導熱心な学校でした。授業を受けられなかった生物は、生物の先生から参考書や問題を提供して頂き、分からない所は個人指導を受けることで受験に備えることができました。

 数学は、公式の成り立ちを知ることなど、学問としてはむしろ好きだったのですが、公式を使って解を導くということに向いていなかったと思います。ただ受験ではそうも言っていられません。克服法として、職員室に足繁く通ったほかには、とにかく解法のパターンを数多く頭に入れ、正しい解法を使って問題を解くことを積み重ねました。芸事の修行には「守破離」という言葉がありますが、受験においても通じるところがあるように思います。僕が小学3年生の頃から通っていた空手の道場では、初めに基本の動きを徹底的に叩き込まれました。自分の色を出して、教えと違うことをするのは基礎が身についたその後です。学問においても問題を与えられる受験の段階で大事なのは「守」であり、忠実に倣うことがポイントだと感じました。

 とはいえ、入試直前で合格の手ごたえは五分五分で、駄目だったら両親に頭を下げて浪人させてもらおうと考えていました。ただ、迷いがあることが一番良くないと思い、他の学校への志望変更や滑り止めの出願はしませんでした。それが功を奏してか現役で合格することが出来ました。
 

入学してからの学習について教えてください。 

 高校までは、授業に出席すれば先生が理解まで導いてくれるので、生徒は受身でもある程度大丈夫だったのですが、大学では全く違っていました。これは教養科目でも専門科目でも言えることですが、1コマ90分の講義内でその分野の専門の先生が、持てる知識をあふれんばかりに提供してくださいます。また、学生が分かっていることを前提としてお話しされることもあり、講義時間内での理解不足を補うために復習は必要でした。シラバスを読むと講義外の主体的な勉強の必要性が分かると思います。

 専門科目では理解、または暗記しなければならない知識の量に驚かされました。基礎科目の教科書は、枕になるような厚さのものがほとんどですし、臨床科目はそもそもひとつの疾患で1冊の本が書けるくらいの内容があります。学生のうちは各専門科の多くの疾患を一通り知る必要があり、どれも大切なのは間違いないのですが、つぶさにそれら全てについて通読し、記憶していくことは現実的ではありません。

 そこで大切なのは、全体像を把握した上で重要なポイントを押さえ、それを足掛かりに理解を進めていくスキルだと感じました。例えば、臨床科目ならば、病態生理で疾患の概要を把握した上で、疫学、症状、検査、治療、予後といったポイントを押さえます。その中で疑問が湧き、余裕があるなら教科書以外の様々な文献を参考にしていくのも良いかもしれません。こういったスキルは社会人になってからも重要であると思いますし、特に医師は、患者さんのお話や身体所見、検査データの変動から病状把握に必要な情報をうまく取捨選択して評価し、検査・治療方針の決定を行わないといけません。全体を俯瞰してとらえ、ポイントに基づき情報を漏らさないよう、頭で整理しアウトプットしていくこと、これは臨床医として必要不可欠です。医学科の重厚な講義を受講することで少しは鍛えられたかなと思います。
 

研究者を目指して入学したとのことですが、入学してから変化がありましたか。

3年次研究室配属
3年次研究室配属
 研究者に興味を持って入学したのですが、次第に臨床寄りに変わりました。 入学して分かったことは医師の進路の多様さです。臨床医としての進路を歩む人が多数派なのは間違いないですが、医師の進路は大きく分けて臨床、研究、行政に分けられ、中には一般企業で働く人もいます。しかも、それぞれの中で多様な選択枝があります。臨床では専門医の種類も多岐に渡りますし、研究で言えば基礎研究、臨床研究など、それも必ずしも日本でなければならない理由はありません。 僕は医学科で過ごす中、徐々に徐々に研究者よりも臨床医への希望が大きくなりました。研究は将来の何万人の患者を救うとても意義のあるものですが、5年生からの臨床実習を経験して、目の前の患者さんの役に立ちたいと思う気持ちが大きく、自分の性格にも合っているように感じました。そして卒業目前の今は、行政の仕事にも興味を惹かれています。

クリーブランドクリニックでの臨床実習について教えてください。

実習メンバーと
実習メンバーと
 6年生の臨床実習の期間に4週間、アメリカのクリーブランドクリニックでクリニカルクラークシップに参加させて頂きました。クリーブランドクリニックは敷地内に警察もありバスも走り、とても広大でひとつの街であるような、アメリカでも有名な大きな病院です。そこで得たこと、感じたことはたくさんあるのですが、一番印象的だったのはアメリカの移植医療の現場に触れられたことです。

 移植医療を支える基盤として、ドナーの確保が重要となります。アメリカでは回復不能、または終末期を迎えた患者さんがいた場合、病院から専門機関への連絡があり行われ、専門機関のスタッフから患者さんとご家族へ臓器移植について説明が行われます。臓器移植のドナーとなる選択枝が明確に示されることにより、当事者が意思を持って選択することができるのです。また、移植に関わる手続きなども専門機関が一手に引き受けます。

 日本でも基盤づくりの一環として平成22年に臓器移植法が改正され、本人の臓器提供の意思が不明な場合に遺族の承諾での臓器移植が認められ、15歳未満の方からの脳死臓器提供が可能になりました。日本における脳死ドナー、心停止ドナー合計数の推移を見ると近年は増加傾向にあります。しかしながら、その人口に占める割合を他国と比較すると、現在の日本ではまだ臓器移植ドナーについて何も知らず、選ぶことすらできなかった方もいらっしゃるのではないかとも思っています。医療機関や専門機関が然るべきときに臓器移植ドナーという選択枝を提示することで「どなたかのお役にたてるならドナーになりたい」と考える方もいらっしゃるのではないか。『知らなかったから、しなかった』と、『しないことを選択した』では、結論は同じでも大きな隔たりがあるように思います。この留学で、「各人が自身で明確に選ぶことができる環境を日本でも整えていく方が良いのではないか。」と、移植をとりまく制度についても考えるようになりました。
クリーブランドクリニックでの カンファレンス
クリーブランドクリニックでの カンファレンス
 話は変わりますが、文化の違いも新鮮で面白かったです。クリーブランドクリニックでは、「聞かれたら、とにかく知っていることを話せ。」と指導を受けました。僕の聞いた限り、アメリカでは、子供の頃からディスカッションする訓練を受けていて、自分の考えや意見を伝えるということが普通になっているようです。黙っていることは自分の意見がないという風にみなされてしまいます。病院内のカンファレンスでも医師のみならず多職種から活発な意見が出され、その意見は医師のものと何ら違いなく方針決定に大きな力を持っていました。「雄弁は銀、沈黙は金」とは程遠い世界だと感じました。
実習中の余暇 休日に空手道場で出稽古
実習中の余暇 休日に空手道場で出稽古
 語学についても価値観の変化がありました。入学してから自分なりに英語の学習を進めてはいたのですが、全く太刀打ちできませんでした。そして、仕事で使う上で言葉はツールに過ぎないということを感じました。僕は受験英語がそうだったようについつい文法にとらわれがちだったのですが、会話では悩んでだんまりを決め込むのではなく、とにかく意思伝達のツールとして使ってみる。伝わればOK。それの繰り返しが大事だと思いました。多国籍の医師が集うクリーブランドクリニックにおいて「本当に正しい英語を話しているのはネイティブだけ」とスタッフの先生から聞かされた時は驚きましたが、それでも皆不自由なくコミュニケーションをとり、働かれていました。日本でも海外でも、信用を得るためには、綺麗な言葉使いは必須ですが、完璧を目指し過ぎず第一段階としては、ツールとして使ってみる勢いが大切だと実感しました。求めれば機会はいくらでもあるのが大学です。躊躇せずに使ってみましょう。

授業外の活動で印象に残ったことを教えてください。

 アルバイトでは良い経験が出来たと思います。ここでは、いろいろやってみたうちで2つお話しします。 ひとつは、レストランのホール係のバイトです。はじめの2、3ヶ月は向いていないと感じましたが、それを超えると楽しく仕事できました。そこには年配のパートの方から、高校卒業から厨房で働いている人までいろんな人がいて、「笑顔でお客様にいいサービスを提供する」というひとつの目的に向かう感じを心地良く思いました。丁寧な接客の指導をして頂きましたし、中洲という土地柄かお客様にもいろんな方がいらっしゃってとても刺激になりました。

 それから、救急医療電話相談の相談員として働かせていただきました。救急医療電話相談は病気や怪我の症状から、適切な医療機関はどこか、緊急に受診する必要があるかなど、一般の方が相談できる窓口です。ここでは、医療機関の機能分化と、一般の方への情報の周知のあり方、救急医療を担う医師の大切さなどを感じました。 学生の相談員のバイトは主に夜間、休日ですので、案内先は救急診療を行っている病院となります。その中で適切な医療機関の紹介を行うのですが、病院によって当直医が外科医であったり内科医であったりと異なります。患者さんからの電話で「どこどこの病院に行ったけど外科医がいなかったので、外科医がいる病院を教えて欲しい。」という相談も受けました。このようなことは患者さんにとっても医療機関にとっても非常にロスになることであり、事前に分かりやすく情報を周知できることで防げるのではないかと思いました。

これからの進路を教えてください。

 研修プログラムと病院の先生方に惹かれ、飯塚病院で初期研修を受けさせて頂きます。研修を受けた後に変わるとは思いますが、今は興味がある診療科は外科系で、特に小児医療や移植医療に携わりたいと思っています。僕は子供が好きですし、寿命で考えると子供達には僕より長い未来があります。未来ある子供たちの助けになることは、医師としてやりがいがあると思います。移植医療だと海外の方が盛んに行われている現実があるので、海外でトレーニングを受けることも選択肢になるよう、アメリカ医師国家試験に部分的にではありますが合格しました。

 また一方で、行政の仕事にも魅力を感じ始めています。例えば厚生労働省の医系技官は医師としての専門性を活かし、社会問題などの解決のため、政策の立案から実施に至ることなどについて関わります。医学の進歩や社会環境の変化によって必要となる法案の整備など、医療、医学における社会的な解決を図り、患者さんや現場で働く医師の皆さんにとってより良い仕組みを作ります。行政の分野に魅力を感じるようになったのは、大学の講義や医師国家試験の勉強で社会医学について学んだことや、留学で移植医療について考えさせられたこと、救急医療電話相談での経験などが影響していると思います。臓器移植法の改正についても医系技官が関わったことでありますし、現在の課題であるといわれる医師不足や都市部への偏在、労働時間など、解決すべき内容は多々あります。移り気なのは自覚していますが、医師としての専門性を核とするのであれば、進む分野の違いはその表出の仕方が異なるに過ぎないのではないかと感じています。とにかく、まずは初期研修に全力で取り組み、その先の進路はそれまでの経験を踏まえて考えたいと思います。

最後に、医学を志す学生さんにメッセージをください。

慶尚大学からの実習生を交えてポリクリ班と
慶尚大学からの実習生を交えてポリクリ班と
 医学は人に始まり、人に帰着する学問です。病んだ人や怪我をした人がいるからこそ学問が始まり、学問に基づいた研究の成果や技術の発展は人に還元されます。東京慈恵会医科学大学の創設者 高木兼寛先生の言葉に「病気を診ずして病人を診よ」というものがあります。講義を受け、本を読み学んでいる最中でも、その基盤には患者さんがいるということを忘れないようにしましょう。そうすることで、さもすると無機質な学問に精彩を感じられると思います。

 それから、医師に英語は必須です。可能なら臨床実習が始まる前までのなるべく早い時期に渡航し、サバイブする経験を持ってみてください。語学留学にこだわり英語圏の国を選ぶというよりは、医学部の皆さんは国を問わず医療ボランティアなどに参加してみるのが良いかもしれません。九州大学医学部出身の先生の中には東南アジアや中東、アフリカで医療活動をされている先生もいらっしゃいます。現地の方との会話は英語ではないかもしれませんが、そこで働く医療従事者との会話は英語であることが多いと思います。必要にかられ英語やその他の言語をツールとして使う経験をして欲しいと思います。読み、書きについても最新の医学情報を入手、発信する上で必ず使うことになるので意識しておきましょう。残念なことではありますが、医学の世界における共通言語は日本語ではありません。

 また、医学以外の科目も広く学び教養を身につけてください。僕も伊都キャンパスの基幹教育で政治経済や歴史、芸術や宗教について学ぶ機会がありました。当時は思わなかったのですが、今となってはその重要さをひしひしと感じます。こういった学問は人々の共通言語になりうるもので、違うフィールドいる人間同士のコミュニケーションを助けてくれます。教養は「いいお医者さんだね。」と言って頂けるための大切な要素のひとつだと思います。
 
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