在学生の声

在学生の声

令和7年度医学科6年 上平 彩夏さん

三代でつなぐ地域医療のバトン。
一人ひとりの人生に向き合える医師になる。


語り手:上平 彩夏(かみひら あやか)さん
令和7年度 九州大学医学部医学科 6年生

幼少期から医学を志してきた上平彩夏さん。震災の地で見た父の背中や、九大医学部での高度な実習、そして患者さんの壮絶な背景に触れた経験は、彼女の医師観を「病を診る」から「人生に向き合う」へと深化させました。三代でつなぐ医療のバトンを胸に、地域医療の未来を見据える彼女の情熱に迫ります。

医師としての理想像を確信させた震災地での父の背中

まず、医学を志した最初のきっかけを教えてください。

私の家では、医療がとても身近な環境にありました。他界した祖父は長崎の大学で医学部の教授を務めていましたし、父は現在も消化器内科の医師として働いています。親戚にも医療従事者が多く、そんな中で育ったこともあり、幼少期から「将来はお医者さんになりたい」と公言していました。私にとって医師を目指すことは、選ぶというより、ごく自然なものとして自分の中に根付いていたのだと感じます。

子どものころの憧れが、明確な目標に変わった瞬間はありますか?

はい。医師を志す過程でもっとも印象深く残っているのは、父が東日本大震災の際、医療ボランティアとして宮城県石巻市へ向かったときのことです。当時、ニュースで流れる被災地の惨状はあまりに過酷なものでしたが、父はその現場へ迷わず飛び込みました。昼夜区別なく奔走する父の背中から「心から人を助けたい」という切実な思いが、痛いほど伝わってきました。患者さんに対してどこまでも真摯に向き合う父の姿勢に強く憧れを抱き、医師という仕事の大変さを知ると同時に、地域に寄り添い、長く人々の生活を支えられるこの職業に大きな魅力を感じました。

九州大学医学部だから得られる高度な知識と豊かな経験

数ある医学部の中で、九州大学を選ばれた理由を教えてください。

父と叔父が九州大学医学部の出身で、幼いころから二人に医学部の魅力をたくさん聞いていたことが大きいですね。例えば、九州大学医学部は臨床のレベルが極めて高く、移植手術などの高度な医療現場を、学生のうちから実際に見学することができます。ほかの大学ではなかなか得られない貴重な経験が積める環境に、強く惹かれました。

確かに、ご親族に出身の方がいるとイメージしやすいですよね。

おっしゃる通りです。加えて、親戚に現在80歳でなお開業医をつづけている先生がいるのですが、その方の存在も大きな刺激になりました。そのお歳になっても自ら往診へと赴き、診療が終わった後も、夜遅くまで患者さんのカルテを見直して、「本当にこれで良かったのか」と治療法を熟考されている情熱的で心の温かい方です。長年、地域医療に尽力されているその背中を、私もいつか追いかけたいなと。素晴らしい先生方から確かな知識を得て、それを現場で活かせる医師になりたい。そう考えたとき、伝統ある九州大学で学ぶことは、私にとって「地域を支える医師」になるための最良の選択だと感じたのです。

受験で気づいた「頼る勇気」をもつことの大切さ

受験勉強はいつごろからはじめられたのでしょうか。

医師になるという目標が早くから定まっていましたので、中学受験を見据えて小学校低学年のころから勉強に励んでいました。小学6年生の冬には、久留米大学附設中学校に女子生徒も入学できることが発表されました。その知らせを聞いたとき、とても運命的なものを感じたのを覚えています。その後、附設中に入学することができ、中学1年生から高校3年生まで計画的に、地道に取り組んできました。学生時代は周囲に優秀な人が多かったため、「皆より頑張らなければ」という一心で突っ走っていたように思います。ただ、それでも現役合格は叶わず、1年間の浪人生活を送ることになったときは本当に大変でした。それまでの自分の勉強法を根本から見直し、再構築しなければならなかったからです。

勉強法を再検討するなかで、どのような気づきがありましたか?

勉強で壁にぶつかったときというのは、自分のやり方が「独りよがり」になっているサインなのだと気づきました。当時はとくに理科に不安を抱えていたので、ほぼ毎日のように予備校の講師室に通って、先生方や友人に質問をぶつけていたのを覚えています。それも、誰か一人だけでなく、複数の意見を聞くようにしたのです。友人によって解き方やアプローチが異なるため、多角的な視点を取り入れることで、ようやく自分の中で納得のいく答えが出せました。これから受験される皆さんには、疑問があったら遠慮せず誰かに質問して、周囲の力を存分に借りることを強くおすすめしたいです。

医療のその前にある「一人の人間の背景」へ寄り添う覚悟

九州大学での6年間は、どのようなカリキュラムで進んでいきましたか?

1年生では伊都キャンパスで基礎教養を学び、2年生からは病院キャンパスに移って、組織学や病理学といった専門科目を修得します。中でも3年生の基礎研究はとても印象的で、循環器の研究で人と心臓の構造が似ている豚を使用し、ECMO(人工心肺装置)という高度な装置を使った研究を行いました。そして4年生の秋にCBTとOSCEという大切な試験を突破してからは、いよいよ臨床実習が本格化します。


臨床実習班(実習終わりのランチ)

実習が進むにつれ生々しい現場に触れる機会も増えたかと思います。

はい。例えば、2年生での解剖実習では血管の細部に至るまで徹底的に学習します。最初はホルマリンの臭いに苦労しましたが、経験を重ねるうちに平気になりました。実習のなかでとくに心に深く刻まれているのは、産科での経験です。私が担当したのは人工妊娠中絶を選択された患者さんで、その方が抱える生活背景は想像を絶するほど壮絶なものでした。

その経験は、上平さんの医師像にどのような影響を与えましたか?

中絶という選択は、処置だけで完結する問題ではありません。担当する医師は治療方針を助言するだけでなく、患者さんがこれまでどんな苦労を重ね、これからどう生きていくのか一緒に考えられる存在でなくてはなりません。治療という技術の提供以上に、心から患者さんに寄り添い、人生そのものに向き合っていく姿勢がいかに不可欠かを痛感しました。一人の人として患者さんと対峙することの重みを学んだ、忘れられない実習となりました。

「相手に寄り添う心」の原点となった子どもたちとの5年間と、仲間たちとの日々

勉強以外では、どのような活動に取り組まれていましたか?

1年生から5年生まで、私自身が中学受験でお世話になった塾でアルバイトをつづけていました。自分を育ててくれた先生方が温かい方ばかりだったので、少しでも恩返しができればという思いからはじめたものです。教室での指導や合宿への同行など、子どもたちと接するなかで多くの発見がありました。また、個人活動として不登校のお子さんの家庭教師もしていました。もともと子どもが好きなのも理由ですが、つらい思いをしている子に寄り添い、力になりたいという気持ちがあったからです。こうして子どもたちと触れ合うなかで、「誰かの助けになりたい」という気持ちが強くなっていきました。

ご友人とはどのような時間を過ごされたのでしょうか。

印象に残っているのは、5年生のときに友人と参加したチームリレーマラソンです。5人で42.195kmをつなぐ大会で、9月の猛暑の中、東公園で1ヵ月間練習しました。当日は坂の多いコースに苦しみ、もう無理かもしれないと思う瞬間もありましたが、仲間の応援に支えられて自分の区間を走り切ることができました。走り終えたときの達成感と爽快感は、今でも忘れられない思い出です。

また、高校や部活動の同期とスキー旅行に行ったことも楽しい思い出です。日中は雪山で思いきり滑り、夜は遅くまで語り合う時間はとても楽しく、学生生活ならではのかけがえのない経験となりました。仲間と過ごしたこうした時間が大学生活をより豊かにしてくれたと感じています。

  • 5年次のチームリレーマラソン

  • 高校同期とスキー旅行

  • 部活同期とスキー旅行

研ぎ澄まされた論理と温かな眼差しを両立させる

卒業後の進路についても教えてください。

福岡市内の病院に研修医として勤務することが決まっています。あちらは内科の診療体制がとても充実している病院で、見学時に伺った循環器内科の先生方の雰囲気や、活気あるカテーテル室の現場を拝見して「ここで学びたい」と直感しました。

循環器内科に興味をもたれたのは、どのような理由からでしょうか?

臨床実習で最初に向き合ったのが循環器内科で、そこで働く先生方の姿が純粋にかっこいいと感じたのがはじまりです。心臓のポンプ機能を物理や化学の視点で論理的に説明できる点も、理系的な思考を好む私には合っていました。また、動脈硬化や高血圧といった身近な疾患を扱えることも、地域医療を志す私にとって大きな魅力です。

ほかにも検討されている診療科はあったりされますか?

最近は皮膚科にも関心をもっています。大学での一人暮らしでストレスから肌荒れに悩んだ際、素晴らしい先生に出会ったことがきっかけです。その先生も九州大学出身で、国試の2週間前にしもやけで駆け込んだ際も、私の生活状況まで丁寧にくみ取って治療を考えてくださいました。近所にこんなに頼りになる名医がいるのかと感銘を受けましたし、また身内に皮膚疾患を抱えている人がいることもあって、身近な苦しみを解決できる皮膚科への興味が大きく膨らんでいます。これから初期研修の2年間で慎重に見極めたいと考えています。また、将来的には、九州大学病院の医局に入ることも一つの目標です。

生涯の指針として胸に刻む祖父からの「堂々と生きよ」という訓え

最後に、これから医学を志す学生たちにメッセージをお願いします。

私の祖父は長崎大学で教授を務めていましたが、病気を患い長く闘病していました。医師国家試験を終えて実家に帰省した際、本棚から祖父が書いた本を見つけました。それは高校1年生のときに祖父からもらった本でしたが、それまで読んだことがありませんでした。今になって読み進めると、最後のページに「医師を志す最愛の孫 彩夏へ」と書かれていて、思わず涙があふれました。そんな祖父が、亡くなる前に遺してくれた言葉を贈ります。「目標を決めたらとことん努力しよう。人の悪口は絶対に言わない。自分の特徴や個性は伸ばしなさい。つねに堂々とありなさい」これは単なる教訓ではなく、医師や研究者である前に、一人の人として誠実に生きるための大切な指針です。

まさにお祖父様から託された、人生のバトンですね。

そうですね。皆さんも、自分を支えてくれる周囲への感謝を忘れずに、今やるべきことに真摯に向き合ってください。大学生活では多くの出会いや挑戦、そして失敗を経験することになるでしょう。しかし、そのすべて将来あなたが患者さんと向き合う際の大切な糧となります。人との関わりを大切にしながら、一日一日を丁寧に過ごし、それぞれの理想の道を歩んでいってほしいと願っています。

  • 卒業旅行(釜山))

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(聞き手: 堀本一徳)
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